フロンティア

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—きらりと光る富山の企業—

刃物産地の追随許さぬ新素材の包丁
日本刀の製造技術と独自の熱処理技術融合
《スケナリ》

「いつの間にか当社の技術は、ガラパゴス化して残っていた。だから他社が手がけない材料にも挑戦できた」

 創業84年、県内で唯一の包丁メーカー、スケナリ(富山市婦中町、資本金1,000万円、従業員11人)3代目の花木信夫社長は自嘲気味に語る。他社が手がけない材料とは「ZDP189」。日立金属が刃物の理想を目指して開発した超硬鋼だ。刃物にすれば摩耗しにくく、切れ味も通常の数倍以上は持続する材料である。だが高級ナイフ材として開発された材料であり、スケナリ以外にZDP189で包丁をつくるメーカーは数少ない。

ショーケースに並ぶスケナリの包丁と花木信夫社長

 しかし近年は、ステンレス洋包丁などの大量生産品は鍛造を経ない場合が多くなっている。そのため、燕や関、越前など国内有数の刃物産地で一連の製造工程に熟知した職人が少なくなっている。職人の技術は経験とカンによって培われてきたから、明文化されたデータは残っておらず、一旦、継承が途切れると技術の担い手が急速にいなくなるのだ。すると優れた新素材が登場しても、取り扱いがむずかしくなる。

 同社は他の刃物メーカーのように量を追わなかった。熱した鋼を冷やす水や、焼き入れ時に塗る泥は、秘伝のタレさながらに何十年も前から少しずつ継ぎ足して使うといった具合に、昔ながらの和包丁を職人気質で作り続けてきたから、鍛造や焼き入れなどの技術が確実に継承され、加工がむずかしい新素材も手掛けることができたのである。花木社長が「ガラパゴス」と言う理由はそこにある。

 その同社ですら、ZDPのように新たな素材には、「経験とカン」では対応できなかった。花木社長は工学書を片手に熱処理の意味をゼロから勉強し、何度も失敗を重ねながら最適な処理温度を見つけたという。その間、大量の材料が鉄くずとなり、高額な原料費が消えていった。砥石や研磨材もすべて超硬鋼に耐えられる仕様を新たにそろえた。

究極の鋼材ZDP189を使用した包丁(同社ホームページより)

 こうして試行錯誤を重ねて3年前に完成したZDP189の包丁は「和牛刀」と呼ばれるタイプだ。1本6万円する。切れ味にこだわる和食の板前ばかりが購入するのかと思いきや、実は多くが輸出向けで、米国や中国の刃物マニアを中心に人気を集めているという。なぜなのか。

板前が減り国内市場は大幅に縮小

 同社の創業は1933年。信夫氏の祖父である花木藤吉氏が婦中町の小学校を卒業して上京し、当時日本一と言われた包丁づくりの「正本」で修業後に独立。佑成(すけなり)の銘で包丁づくりを始めた。間もなく藤吉氏は第二次世界大戦で陸軍に召集され、自宅は東京大空襲で焼失する。終戦後、家族をともなって帰郷し、婦中町に工場を構え、和包丁の最高峰とされる「本焼」を主力として再び包丁づくりを開始した。藤吉氏の息子で信夫氏の父である茂夫氏が2代目を継ぎ、1989年に法人化してスケナリを設立。富山駅前や名古屋市内に営業所を開設した。90年代までは伊豆、箱根、熱海などの高級料亭や割烹、旅館に多くの得意先を抱え、富山県内にも専任の営業マンを配置するほど板前の顧客は多く、最盛期は1憶8,000万円を売り上げた。かつて料亭や旅館の評判を決めるのは料理の味であり、そこで働く板前にとって包丁選びは食材選びと同じほど重要だったのだ。

 しかし景気低迷で消費者の低価格志向が強まると板前を抱える店は徐々に減り、リーマンショック以降は価格を抑えたバイキング方式のホテルやセントラルキッチン方式のチェーン店が増加。本格的な包丁を必要とする厨房は消え、板前は離職し、数少なくなった板前もかつてほど包丁の質にこだわらなくなった。結果、国内のプロ向け包丁の市場は大幅に減少し、同社の売り上げも最盛期の半分にまで落ち込み、信夫氏が社長に就いた2013年まで、数年にわたり赤字が続いた。

粗削りした包丁を再研磨する

刃物マニアに照準を合わせる

 危機感を募らせた信夫氏は業務内容の見直しを図り、それまで「なんとなく」引き受けていた仕事はすべて断り、無駄を省くことで何とか社長就任翌年には黒字化させた。だが国内市場が減少の一途にあるなかで、事業を継続していくには抜本的な改革が必要だった。

 そんなある日、テレビで見かけたのが、海外で日本の刃物が有名になっているという話題だった。「当社も海外市場へ食い込めないか」と考えた信夫氏は、早速インターネットで海外の客層や売れ筋の商品などの情報収集を始める。すでに国内の有名刃物産地は地域をあげて輸出に取り組んでいたから、同社が同じような商品で勝負をしても勝ち目はない。大企業が手掛けない商品に突破口を求めていた信夫氏が目をつけたのが、カスタムナイフの材料ZDPシリーズだった。

 海外のマニアは常に新しい高性能の刃物を求めている。ならばカスタムナイフの材料を包丁にすれば、きっとマニアは飛びつくに違いない。「技術力のある当社なら新素材をものにできる」という確信のもと開発に着手したのが、ZDP189の包丁だった。当初から顧客のターゲットを海外の刃物マニアに据えていたのである。

 ホームページを開設し、新開発の包丁を紹介してしばらくすると、米国の包丁専門ネットショップ「シェフズナイブズ・トゥ・ゴー」の目にとまり、取引が始まる。その後も米国や中国のバイヤーから注文が続いた。ZDP189の成功を受けて、他社が手掛けない高級鋼の包丁を続々と開発し、現在では粉末ハイス鋼やダイス鋼なども含め16種類の鋼を扱うようになった。新たな素材に挑戦するたびに、それぞれの鋼に対する適切な処理温度を特定し、データベース化している。

1本1本手触りで確認する

 海外向けの新開発が奏功し、現在は年産約6,000丁、売り上げは1億2,000万円にまで回復し、「2年先まで受注残を抱え生産が追い付かない」(花木社長)状態だ。4年前まで売り上げの9割は国内の板前向けの小売りだったが、今では40%が輸出で、国内向けの小売りは45%、ネット販売が5%、OEMが10%になり、客層も大幅に変化した。海外で人気なら国内でもニーズがありそうだが、「東京のかっぱ橋道具街へ持って行っても、知識がなくて話が通じない。国内でもいずれ評判になるとは思うが、今はまだ機が熟していない」という。

 輸出向けはバイヤーへの卸売りで、末端の購入者について詳細は把握できないが、多くは刃物マニアと推測される。もちろん料理店のオーナーやシェフもいる。「是非当店を訪れてほしい」と海外のレストランから招待を受けることもあるが、「やるべき仕事がたくさんあって、料理のために出かける余裕がない」(花木社長)そうだ。

常識覆す、さびない和包丁

 やるべき仕事とは、新製品の開発。「同業者はいつか類似品を発売するから、常に新しい製品を出し続けなければならない」のである。

 目下開発しているのは、ZDPシリーズの和包丁である。すでに製品化したZDPの「和牛刀」は、刃の部分は両面が均等な形状をした両刃の「洋包丁」で、ハンドル部だけホオノキや紫檀などの無垢材を使った和包丁の仕様。両刃の場合、熱処理時に鋼の体積変化が両面同じように起こるから、一旦工程を確立すれば比較的簡単に製造できる。だが、和包丁は片刃であるため、片面ずつ形状や素材が異なり、体積変化の生じ方が違うから、鍛造時の温度管理を誤ると形状が崩れたり折れたりする。鋼が組織変化を起こすぎりぎりの温度を見つけなければならない。「特殊鋼を和包丁に加工する技術なら、他社はなかなか追いつけないだろう」と見ているのも、自社の鍛造技術に自信があるからだ。

 もう一つ、注力しているのが「白紙一号本焼」に匹敵する切れ味を持った「さびない」本焼の開発である。「本焼」とは金属の貼り合わせなどを行わず純粋な鋼のみでつくられる和包丁の最高峰と言われる。「白紙一号」は高純度の砂鉄成分に炭素を加えた最高級鋼で、古くから使われてきた材料ながら切れ味は新素材のZDPを上回る。

 ただ一つの欠点はさびること。そこで従来はさびて当然だった和包丁の最高峰をさびないものにしようというのが同社の試みだ。白紙一号に匹敵する材料を使い、熱処理温度の管理を徹底することで、2、3年以内に製品化を目指している。「和包丁のニーズは洋包丁の10分の1程度だが、世界を見れば市場は広く話題性は高い。他社の先を行くものづくりをしていれば、ブランドイメージはできてくる」と期待を込める。

三代伝わる設備を使いこなす

 顧客も素材も新たに、挑戦の続く同社だが悩みもある。生産体制の充実だ。包丁のハンドル部以外はすべて社内で一貫生産できることが同社の特長だが、それはコスト高にもつながる。鍛造や砥ぎの一部の工程だけでも外注できれば、社内の負担を軽減して研究開発に時間を割くこともできるが、現状では協力会社になる企業が見つからない。扱う素材があまりに特殊なため、仕事を引き受けられる企業がないのである。

 生産設備の老朽化も進んでいる。研磨機やスプリングハンマーなど戦後、婦中町に工場を開設した当初から70年近く使い続けている設備も少なくない。新しい設備を導入すれば生産速度は上がるのだが、すでに刃物製造機械の専門メーカーは廃業し、同様の装置の購入が困難になっている。包丁づくりに使用する機械はいずれも特殊なため類似の装置がなく、機械メーカーに特注すれば高くつく。メンテナンスしながら、古い装置を大切に使い続けるしかない。

包丁に合った鞘も自社でつくる

 設備の更新は困難でも、新たな人材育成には積極的である。ここ2年は連続して新卒を採用していて、今後も採用は続けるという。入社間もない新人にも鍛造を任せ、失敗を繰り返しながら技術を体得してもらう。またどんなに注文が増えても、従業員の残業や休日出勤のない「ホワイト企業」にもこだわる。高温の炉の前で熱せられwwた金属を扱う現場は、集中力と体力の保持が欠かせないし、「やっつけ仕事になると良い製品ができない。限られた時間の方が生産性は上がる」ためである。

 海外顧客が増えた今でも、花木社長は毎月、箱根や伊豆へ営業に回る。「顧客のニーズを直接聞ける貴重な機会」なのだ。銘の「佑成」には料理をする「人」の「右」腕に「成」る道具を作るという意味がある。時代とともに客層が変化しても、料理人の立場に立ったものづくりの姿勢は変わらない。

 「理想の刃物を追求した最新モデルに取り組めるのは、伝統の技術に信頼を寄せてもらえるからこそ。自己満足ではなく、顧客が満足できる値段と質で他社の先を行きたい」(花木社長)と意気込む。(「実業之富山」2017年9月号より 記述内容は取材時点のものです)