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フロンティア
—きらりと光る富山の企業—

国内唯一、大型MGセメント砥石メーカー
独自の混合技術でぴか一の切れ味誇る
《刃研》

 大型砥石は刃研にしか作れない─。刃物業界でそんな声を耳にする。約半世紀前、国内で初めてセメント砥石の製造を開始した刃研(射水市、社長谷内隆司氏、資本金1,000万円、従業員15名)を頼りにする顧客は多い。セメント砥石メーカーは全国で5社程度しかなく、しかも外径1㍍をこえる大物を製造できるのは、同社が唯一である。

谷内隆司社長、大型MG砥石が所狭しと並ぶ工場で

 一般家庭で昔から使われてきた長方形の砥石などは規格品で今は多くが低価格の海外品だが、同社が手掛けるのはものづくりの現場で、加工装置に取り付けて使われる円形の特殊な砥石だ。顧客の要望に応じて一品ずつ仕上げている。製造できる最大サイズは外径1,065㍉×厚さ140㍉、研削砥粒は、16番から3,000番まで扱う。「切れ味の基準は顧客ごとに違い、用途によって形状も異なる。その細かな要望の違いすべてに応えていると、必然的にオーダーメイドになる。硬度やサイズ、素材などで区別すると、常時手掛ける砥石の種類は数百種類以上になる」(谷内社長)という。

工程はシンプルでもオーダーメイド

 砥石は刃物をはじめとする金属やガラスなどを切削・研磨する道具である。歴史は新石器時代にまでさかのぼるとされ、ものづくりの道具としてはきわめて古い。バイトやドリルなどの切削工具が発達した現在でも、刃物メーカーでは仕上げに必ず使われる。またスプリングやベアリングなど自動車関連部品の寸法出し、バリ取り、ガラス製品の表面加工など工業製品の仕上げ工程でも欠かせないのが砥石だ。身近な物ではめがねフレームも砥石で磨かれている。

 かつて砥石の原料は国内の天然石だったが、埋蔵量が減少し採掘が停止されている現在では、もっぱらセメントや樹脂、ゴムなどで研削砥粒をかためた人造砥石が主流になっている。人造砥石のなかでも「切れ味がぴか一」とされるのが、一般にセメント砥石と呼ばれるMG(マグネシアセメント)砥石だ。「砥石の減り具合が絶妙」で、樹脂やゴムでは、いくら性能を高めても同じ切れ味は出せないという。同社では生産量の半分以上をMG砥石が占め、残りが樹脂やゴムの砥石である。

金型に入れたセメントを均一にする

 MG砥石は、アルミナや炭素系、セラミック系などの研削砥粒を、セメント成分である酸化マグネシウムと塩化マグネシウム、その他の添加材と混合して金型に流して固め、その後表面をダイヤモンドツールで滑らかに加工し、ペンキを塗って出荷される。大部分が手作業で行われるいたってシンプルな製造工程だが、ただ固めるだけでは、砥石がすぐに割れる。砥石のサイズが大きく、研削砥粒が細かくなる程、割れやすくなるのだから、他社が大型のセメント砥石を手掛けない理由もそこにある。

 同社では研磨する製品に応じて、セメントと研削砥粒を混合する際の温度や加え方を変え、20種近い添加材から最適な材料を選択し配合割合を調整する。現場の職人が体で覚えるノウハウである。流し固めた後すぐには出荷しない。最低でも3カ月、長ければ1年以上、工場内に保管し熟成させる。この間にセメントが自然に硬く締まるのを待つ。顧客によっては出荷後さらに1年以上使わずに、熟成させてから使用する場合もあるという。

最低3カ月、長いもので1年以上熟成させる

 同社のMG砥石の月産は約8㌧にのぼり、工場内には出荷待ちの砥石がずらりと並んでいる。一見すると変哲のない同じ製品のようだが、目を凝らしてみると、製品側面のメモには一品一品の異なる組成が記してあり、まさにオーダーメイドであることが分かる。

 切れ味にすぐれるMG砥石だが弱点もある。塩化マグネシウムを使っているため、砥ぐ対象物がさびやすい点だ。さびの問題をクリアできる樹脂砥石やゴム砥石があり、研削砥粒はMG砥石と同じだが、なかには樹脂製の砥粒をゴムで固めた複合タイプの砥石もある。切れ味ではいずれもMG砥石にかなわないが、細く薄い線を一定方向へ入れることで金属表面の光沢を消す「ヘアライン加工」に向いているなど、MG砥石にない用途も多い。

樹脂砥石でも業界の先駆けに

 創業は1969年。故・山崎齊氏が富山大学工学部化学科を卒業後、高岡市にあった砥石販売会社に入社すると、当時ドイツで実用化されていたMG砥石に着目し、将来性を見出す。独自に研究を進め、製造技術を確立して刃研を設立した。古くから製造技術の変わらない砥石の世界にあって、その後も新しいアイディアや素材を積極的に取り入れ、同社は業界の先駆けとなってきた。

 たとえば、樹脂砥石にはフェノール樹脂が一般的に使われるが、同社は国内で初めて、エポキシ樹脂を採用した。フェノール樹脂より切れ味が良く、製造コストを抑えることに成功し、砥石の台盤にも工夫を施した。通常、砥石を加工装置に取り付ける場合はボルトとナットで締めなければならないが、同社は取り付け台盤にわずかに傾斜をつけることで、砥石が抜け落ちない仕組みにして、ボルト・ナットなしで簡単に装置に取り付けられるようにした。大型の砥石は1個100㌔以上ある重量物だから、顧客が取り扱いやすいようニーズをくみ取った開発商品だ。この技術で特許を取得している。

 最近では樹脂製耐圧ホースの加工向けに、ワイヤーブラシと組み合わせたゴム砥石も試作中である。そうした結果で、年商1億5,000万円規模であっても創業以来赤字を出すことなく、黒字経営を続けているのだ。

ダイヤモンドツールで表面を加工

ものづくりの環境変化に対応

 創業から50年近くたち、同社を取り巻く環境は大きく変化しつつある。まず、原材料の確保がむずかしくなってきたこと。かつてはセメントや樹脂、ゴムなどの材料を複数の問屋から仕入れ、質の良いものを選択してきたが、現在は仕入れ先問屋が減少してきているうえに、採算性から生産が中止される材料も増え、材料選択の余地が狭まっている。さらに仕入れのたびにセメント材料の産地が変わることもある。砥石の質は、職人の技術だけでなく原材料にも大きく左右されるから、品質を一定に保つことに苦心する日々が続いているという。

 また外注に頼ってきた金型や鋳物盤のメーカーも規模縮小や廃業するところが増えていることも大きな課題。金型や鋳物盤メーカーでも、小回りの利く小口の注文を引き受けてくれる小規模の事業所がなくなっているのだ。

 顧客の需要動向にも変化が見えている。2000年頃までは、同社の顧客の9割を占めた刃物メーカーは、本格包丁の使い手である板前の減少にともなってその数も減り、売り上げ全体そのものも1990年代のピーク時に比べ2分の1になった。それを埋めてきたのはスプリングやベアリングなど工業部品メーカー向けで、現在は売り上げの半分以上を占める。それも生産コストの低減を求める大手企業の海外への工場移転が進んだ影響もあって、国内の中小企業の廃業も相次ぎ、ベアリング向け砥石の受注も減少傾向にある。同社でも海外進出を打診されたことがあるというが、「品質を守るには国内のこの場所で作り続けていく」(谷内社長)との方針を貫いてきた。

 一方で、一旦需要が落ち込んだ刃物メーカーは「海外輸出という販路開拓を背景に、若者の後継者の取り込みを積極的に始めるメーカーもあり、少しは明るい兆しも感じる」という。

 また、インターネットが普及した現在でも直販はせず、当初からの代理店経由で販売する営業スタイルを守る。「客先のほとんどが県外企業であり、営業担当者も置いていないから、細かい要望を聞くにはメールや電話ではとても対応しきれない。代理店を通すことによって幅広く遠方の顧客の声も入って来るし、需要動向を長期的に見ることが出きる」からだ。

 「おかげさまで、セメント砥石なら刃研、と言われ頼りにされている。その声に応えられる品質を保ち、厳しい環境の中でも国内のものづくりを支えていきたい」(谷内社長)と、地道な努力を続けている。(「実業之富山」2017年10月号より 記述内容は取材時点のものです)