電磁波ノイズを布一枚で遮断
異業種から特殊繊維業界に参入
《日本エレテックス》
かつて有線で使っていたパソコンはWi-Fiの利用が当たり前になり、スマートフォンではLTE、Wi-Fi、ブルートゥースなど複数の電波を受発信できるようになった。電化製品の多くも電磁波を発し、屋外へ出れば、携帯電話基地局、送電鉄塔、電波塔などが各地で目に入る。
情報通信網が劇的に広がり、無線で多くの機器が利用できるようになった一方、増えた電磁波が互いにノイズとして悪影響を与え、機器の誤作動につながるリスクが高まっている。そのため家電製品や医療機器、産業機械などの開発時には、電磁波を遮断する空間が必要とされるのだが、従来、完全に電磁波を遮断するには専用の電波遮断室を設置する必要があり、コストがかかる。
大手メーカーや国を顧客に抱える

日本エレテックス(富山市、社長建部則久氏=写真、資本金1,300万円、従業員7名、年商2億円)が開発、販売しているのは、電磁波を確実に遮断できるシート「イキソルメッシュ」である。一般に市販されている遮断シートは、布にめっきを施したもので、何度も曲げたり、表面がこすれると金属が剥離して性能が低下しやすく、本格的な電磁波遮断には信頼性が低い。
イキソルメッシュは強化化学繊維と金属のハイブリッド糸で織られた金属布で、繰り返し使用しても、曲げ・摩耗による性能低下がほとんどない。繊維としての柔軟性もある。希望のサイズや形に合わせて自由に裁断・加工することができるうえ、通気性や放熱性も高い。遮断性能は60デシベル以上と、一般の電磁波遮断シートの1.5倍以上。折りたたんで収納できるから、微弱な電磁波試験や簡易試験などでは、大掛かりな専用の電波遮断室は不要になり、また二重・三重にすることにより遮蔽性能を上げることも容易だ。

同社は、生地またはボックス型など顧客の目的に合わせた形で納入しているが、国内の大手電機メーカー各社や自動車メーカーを顧客に抱える。特に防衛省のドクターヘリ64機すべてに採用されたほか、多くの重工メーカーにも採用されており、防衛省からは新たな依頼も受けている。50センチ立方のボックス型が約17万円で、卓上に電磁波遮断空間を作れる手軽さから大学の研究室の需要も大きい。
顧客の不安が開発のきっかけ
電気工事業者として1961年に建部氏の父が創業した同社は、長らく北陸電力の内線工事を請け負ってきた。91年からは一般家庭がオール電化製品を導入するにあたっての工量点数の算定のため、試験的に北陸電力の社員の住宅へIH調理器具や電気温水器などの製品を設置してまわった。そのなかで、ペースメーカーを装着した家族がいる家庭から、IH調理器具からの電磁波漏洩によるペースメーカーの誤作動を懸念する声があがる。
ならば電磁波を完全に遮断する技術はないものか、と考えたことがイキソルメッシュ開発のきっかけだった。当初、大学教授など多くの専門家に相談しても、いずれも「IHの電磁波は低周波だから遮断は無理」と言われるばかり。あきらめきれずにいると、建部氏の知人の縁で、パソコンのデータ破壊処理を手掛ける企業とともに磁気遮断製品を開発することになった。
3カ月あまりで、電磁波を遮断できる製品が完成したのだが、それは銅板に磁性体を塗ったもので、通気性や柔軟性がなく実用性に乏しかった。またエプロンのように人が着用する製品の開発を想定していたものの、人体に対する電磁波遮断の効果を確実に立証することは困難だった。
そこで富山電気ビルデイング(富山市)の資金協力を得て、工業製品としての電磁波遮断製品の開発に着手。愛知県の繊維業者とともに、2年がかりで金属糸と化学繊維を撚って織物に仕上げ、大手電機メーカーで試験導入してもらうと好評を得る。
ところが特許取得に絡んで繊維業者に抜け駆けされ、開発は頓挫した。失望の色を隠せない建部氏だったが、仕切り直して信頼できる開発相手を探そうと、縁のなかった大手繊維メーカーに直接電話をかけた。経緯を話すと、興味を示してくれてすぐに共同開発を開始。試行錯誤を重ねて、2009年に現在のイキソルメッシュの繊維が完成した。
繊維はできても織ることが難しかった。金属糸なので織機が傷つきやすく、硬くてもろいのでテンションをかけられないからだ。しかも途中で糸が切れた場合、衣料品なら結び目が分からないようつなげばよいが、電磁波遮断性能を確保するには、つなぐことは許されず、最初から織り直しである。速度の速い最新の織機では対応できず、旧式の古い織機を使ってベテランの職人が、その日の温度や湿度に合わせて調整しながらゆっくり織ることで、ようやく生地を完成させることができた。
さらに、ボックス型として使う際に内部へ製品を出し入れするファスナー部から電磁波が漏れないよう密閉能力を高め、スライダーでコーナー部を傷めて遮蔽性能が劣化しないように工夫したファスナーを、朝日ファスナー(三重県)と開発するなど、信頼性を高めるために細部まで作り込んだ。
電磁波吸収繊維で一般向け衣料品も
10年からは電磁波を吸収する導電繊維の開発も行っている。製品試験の際、電磁波を遮断した空間内部で、製品自身が発した電磁波がぶつかって散乱するため、その電磁波を吸収させたいという声があったからだ。

既存の電磁波吸収体は発泡スチロールに磁性体やカーボンを混ぜれば簡単に製造できるが、同社はあえて繊維で作ることに挑んだ。でき上がったのが、カーボンをアクリル繊維の芯部に高濃度で練り込んだ「ソルファイバー」だ。
カーボンをアクリルで覆うことにより、摩耗による性能低下がほぼなく、静電気も発生しない。またカーボンは電磁波エネルギーを熱エネルギーに変換するので、赤外線や可視光線も効率よく吸収して発熱する。身に付ければ非常に温かい。この性質を利用して、県内の衣料品メーカーと共同で手袋や下着など一般向け衣料品を開発し、今秋から販売する計画だ。さらに登山用品メーカーからも引き合いがあり、吸湿性の高い登山服の生地にすることも検討中という。

今春4月、同社は大手紡績メーカーから導電繊維事業を譲り受け、同事業を行っていた工場と織機などの設備をすべて保有することになった。繊維事業を充実させる体制が整ったことで技術開発を進めやすくなり、旧式の織機でしか生産できなかった金属繊維を一般の織機で織れる技術を開発するとともに、大量生産に対応できるようにした。新たな金属繊維の開発にも取り組んでいく予定で、現在、直径50ミクロンのタングステン繊維を使い、20年の東京オリンピックで警察官が着用する防護服を開発中である。
マザーズ上場をめざす
大手企業や国を主要顧客に抱えるようになったが、イキソルメッシュの売り上げはまだ年間3,000万円にとどまる。自動運転技術の導入を図る自動車産業や、ロボット手術が実用化される医療の現場など、今後多くの業界が電磁波ノイズの問題と向き合うことになり、同社の電磁波遮断、吸収繊維の需要が高まることは間違いない。本業が電気工事の同社で、従業員7名のうちこの繊維事業に専念するのは社長の建部氏のみだから、事業拡大に限界がある。
建部氏は「少子化が進み、中小企業では優秀な人材の確保が困難。社内に人を増やすより、技術力を武器に生産や販売に外部のネットワークを生かしていきたい」と言う。昨年末にはセキュリティシステム販売会社や計測機器・情報機器開発販売会社を傘下に持つ、あいホールディングス(本社東京、東京一部)から2,000万円の出資を受け、グループ会社になった。あいHDの海外子会社を通じて、電磁波の規制が厳しい欧州各国への輸出も視野に入るようになり、営業網の拡大も見込まれる。
10年後までに年商を110億円に伸ばし、マザーズ上場が目標である。「繊維の生産現場は高齢化が進み技術の継承が危うい。現場のノウハウを早急に吸収し、製品開発に生かしていきたい」(建部氏)。イキソルメッシュは富山弁で「おどろく」を意味する「いきそる」から名付けたといい、異業種から参入した新たな視点で、「いきそる」ほどの画期的な新繊維の開発に挑んでいく。(「実業之富山」2017年7月号より 記述内容は取材時点のものです)