フロンティア

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—きらりと光る富山の企業—

富山湾の深層水でiPS細胞を培養
「陸の水」と「海の水」の可能性に懸ける
《五洲薬品》

 2006年に誕生したiPS細胞(人工多能性幹細胞)技術の臨床応用が予想を超える速さで進展し、再生医療をはじめとして、難治疾患の病因解明や新薬開発の早期実用化に期待が高まっている。その実用化のためには、iPS細胞を低いコストで安定的に大量に生産できることが必要とされる。その一つのカギとなるのが、iPS細胞を培養するための培地だ。

藤井侃社長

 培養する培地としてこれまで血清を用いたものが主に使われている。血清には細胞の成長を促す増殖因子が含まれており、ウシ由来の血清が用いられてきた。しかしウシなどの血清は動物由来のため個体差があって成分にばらつきがあるうえ、ウイルスやプリオンなどを含む懸念もある。そのため最近は動物由来の血清を使わずに培養する「無血清培養」という新しい型の培養法の開発が進められているが、コストや性能に課題が残されている。

世界の再生医療現場で普及目指す

 こうした無血清による培地を海洋深層水を利用して開発に乗り出したのは、創業から70年、入浴剤やミネラルウォーターなど「水」に関わる開発に携わってきた五洲薬品(富山市、社長藤井侃氏、資本金3,000万円、従業員120名、年商25億円)だ。海洋深層水は、同社が研究開始してから20年以上の歴史をもち、日本初の多段式脱塩分離技術の実用化に成功して以来、深層水を移植用臓器の「保存液」として使う研究や、深層水由来の等張液(ヒトの体液とほぼ同じ浸透圧に調整した液体)を使って褥瘡や湿疹の患者の体をふく洗浄水、海洋深層水に含まれる豊富なミネラルやアミノ酸を活用した健康商品の開発などの実績を重ねてきた。

海洋深層水を脱塩水とミネラル濃縮水、濃塩水に分けた3タンク。タンクの設置されている室内は通常、外部からの光が遮断された暗室になっている。

 培地の研究はこれらの成果を踏まえたもので、経済産業省の助成を受け、富山県新世紀産業機構や県内外の大学、医療研究施設などと共同で進めている。富山湾の深水300㍍以下で採取された深層水から、等張液を作り培地にする。深層水に含まれる各種のアミノ酸やミネラルが細胞の培養を促すと見込まれており、安定して細胞培養できる培地を低価格で製造できる技術を確立する。

 「世界の再生医療研究の現場では米国の培地がこれまで主流だった。これからは日本の培地を普及させたい」(藤井社長)と、培地だけでなく皮膚疾患の改善効果をもつ化粧品やアンチエイジング化粧品、健康食品としても商品化していくという。

「よそと違うこと」モットーに

 同社の創業は1946年。戦前に中国・上海に本社があった薬問屋「重松大薬房」に勤務し、戦時中は陸軍中尉の任に就いていた藤井良三氏が戦後に帰国、台湾輸出用の目薬の製造・販売を手掛けたのが始まりだ。社名の「五洲」は中国語で世界各地、グローバルを意味する「五洲四海」からとったもので、世界を相手に事業をする願いが込められている。

 台湾輸出が下火になると、他の医薬品会社と差別化を図るため、病気を治す薬ではなく、病気にならない体をつくる「予防医学」の観点から商品開発を目指した。その第一弾が、日本人なら誰もが好むお風呂に着目した入浴剤「桃源」だ。55年の発売当時、入浴剤はほとんど普及していなかったが、高度成長期に増加した内風呂のニーズに合致して、入浴しながら疲労を回復する効果を謳った商品で売り上げを伸ばす。

 59年には健康食品・飲料の製造も開始し、「よそと違うことをする」をモットーとしていた良三氏は、入浴剤にもさらなる新規性を求めた。様々な文献を紐解くなかで、パパイヤを豚のえさに混ぜると子豚の成長が促されるという研究論文に目がとまり、人の健康にも生かせると直感する。間もなくパパイヤ栽培の用地を婦中町千里に確保し、富山大学と共同研究を進め、樹上の青いパパイヤから抽出したパパイン酵素に、たんぱく質や脂肪の分解機能があることを発見。肌に蓄積した角質を除去する効能があることが分かった。

 パパイン酵素を利用して毛穴の汚れを落ちやすくする入浴剤「パパヤ桃源」である。67年の発売からたちまちヒット、同社の代名詞的存在になった。当時は、たんぱく分解酵素の配合は画期的なことで、厚生省の認可を得るため半年以上かけて安全性証明の文書を作成したという。

 パパイン酵素の研究は現在も美容健康食品へ幅広く活用されている。2007年には千里の栽培用地を約5,000平方㍍を本格的な研究農園に整備し、毎年多くのパパイヤを育成。今では敷地内にブルーベリーやラベンダー、セージなども栽培し、目の機能改善や香りについての研究も行っている。

農園ではパパイヤのほか、ブルーベリーやハーブも栽培する。

 富山市千里の工場用地一帯は元来、藤井氏の本家が所有していて、とやまの名水にも選定される湧水が出ていた。珪酸を多く含む土壌がろ過機能を果たすことで、水を清冽にする上に、味にまろやかさが生まれるという。

 1960~70年代の都市部の水系は工場排水に汚染され、水道水には消毒のために大量のカルキが使われていたことから、「医薬品や健康食品が普及しても、それを服用するときに飲む水が良くなければ意味がない。千里のおいしい水を商品化して全国の人に届けたい」と、一帯の山林を正式に取得して77年に掘削を開始。4年後に専用工場を新設し、国内でもいち早くミネラルウォーター「北アルプスの天然水」を発売した。

 国内ではまだ「水はただ」の意識が強い時代で、医薬品や健康食品を服用する水としての受注が中心だったが、90年代に入ると健康志向の高まりとともに、飲料大手が続々とミネラルウォーター市場に参入。同社にOEM生産の依頼が相次ぎ、売り上げを一気に伸ばした。

「陸」と「海」の水の可能性を探求

 地下から採取される「陸の水」は、味が良くても栄養分は少ない。予防医学に沿った商品開発を進める同社にとっては、ミネラルをはじめ栄養分に富んだ「海の水」が、陸の水以上に魅力的だった。しかし一企業が海水を定期的に取水し利用することは難しい。

 そんななか96年に、ミネラルウォーターの製造販売で実績があった同社に富山県から、富山湾沖の海洋深層水の非水産分野での研究に参画しないかと声がかかった。4年間かけて安全性の確認を行い、2000年に同社が発起人となって富山県深層水協議会を設立し、事業化利用を開始した。

 五洲薬品では、「多段式イオン交換電気透析」という特殊な方式を採用することで、深層水から各種の成分を取り出して利用できる多段式活用の手法を確立した。これは、深層水を脱塩水と濃塩水、ミネラル濃縮水の3区分に分離し、さらに濃塩水は苦汁と塩に分け、5種類の組成に分画し、利用目的に最適な組成で製品活用ができるものである。

 「海水は胎児の浮かぶ羊水と似た組成であり、体に親和性が高いと確信があった。将来的に医療分野にまで事業をつなげたかったから、高度な分離法である多段式電気透析法を考案した」(藤井社長)のであり、成分利用が可能な設備を整備したことによって、現在の再生医療の研究開発にまで深層水事業を展開できたのである。

FSSC22000の認証を取得したミネラルウォーター製造工場内部

 さらに「陸の水」の味の良さと、「海の水」の機能性、両方の特性を組み合わせることで、ミネラルウォーターを単なる水ではなく、機能性を持たせた商品へと発展させた。例えば「北アルプスの天然水」に、海洋深層水から分離したマグネシウムやカルシウムなどのミネラルを加えた「ミネラヘルシー」は、硬度50から1500まで5段階でそろえ、スポーツ後の水分補給やダイエットサポートなど目的別にミネラル含有量を選べるようになっている。

 また「北アルプスの天然水」と海洋深層水に高純度の乳化オリゴ糖を加えることで、腸内環境の改善が図れる「キレアウォーター」は、水感覚の清涼飲料水で、海洋深層水を利用した初めての特定保健用食品に認定され、深層水の成分利用で商品の幅を大きく広げたのである。

認知症予防を新たな開発テーマに

 現在同社が販売する商品は約3,000アイテム。企画からパッケージデザインまですべて社内で手がける。「入浴剤・化粧品」、「水」、「医療向け」の3分野で売り上げをほぼ等分している。主力事業を決めて商品を絞り込めば生産効率は上がるが、「消費動向は常に波があるうえ、最近は個人の好みが細分化されて、かつてのように若年層やシニア層といった単純な括りでは消費者の嗜好に対応できない。選択と集中はリスクが大きく、現状ではむずかしい」といい、需要の波に柔軟に対応できるようアイテムを広く保っている。

 これまでパパイン酵素、ミネラルウォーター、海洋深層水と、事業の核になる資源をひとつずつ開発し育ててきた同社だが、次の有望な資源として事業化に向けて準備を進めているのが、認知症予防に有効な物質だ。詳細はまだ明らかにできないとしているが、2、3年内に第一弾商品を発売するという。

生活水準上がるアジアで市場開拓

 日本の人口が減少し、国内市場の縮小が目に見えるなか、2012年からは海外事業部を設置してアジアを中心に世界市場の開拓に注力している。14年には、業務用液体容器(バッグインボックス)タイプのミネラルウォーター製造ラインにおいて、国際食品安全イニシアチブ(GFSI)が制定した食品安全のマネジメントシステム「FSSC22000」の認証を取得。海外の取引先にも世界共通の審査基準FSSCの品質管理体制をアピールしている。

 日本や欧米企業の工場進出が進んだアジア地域では生活水準も徐々に上昇し、生活必需品以外の購買意欲も生まれている。入浴剤や化粧品の販促にも手ごたえが出始め、ベトナムやタイの販売店と代理店契約を結び、現地の展示会へも積極的に出展している。

海外向け入浴剤のパッケージデザインも社内で

 風呂文化が浸透していない地域では、入浴剤を洗面器に溶かして洗顔に使う女性も多く、日本人とは色や香りの好みがかなり異なるため、代理店などを通して消費者のニーズを把握し、現地仕様の製品を開発、輸出にも取り組む。現在の輸出売り上げは全体の1%程度、数年内に5%にまで伸ばす方針だ。

 さらに近い将来計画として「アジア地域に現地工場を建設して、海外向け商品の製造拠点にするとともに、日本への逆輸入も検討している」という。

 蓄積してきた自社資源を大切に育て、「世の中に当たり前のように存在する水や酵素に知見を広げて機能を見出し、製品化していく」(藤井社長)ことが消費者の健康づくりに貢献する、藤井社長の信念である。(「実業之富山」2017年5月号より 記述内容は取材時点のものです)

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